2017-02-18 14:53 | カテゴリ:所見日記
大河ドラマ始まって少し経ちましたね。

前書いた通り、前作の『真田丸』史実を曲げてまで真田昌幸が大活躍した第二次上田合戦をショボく描くという、合戦の製作費をケチってるとしか思えない、大河ドラマにあるまじき理由で暴挙を行ったので、かなり評価が落ちました。

前半で大活躍し、草刈正雄の好演もあって、大人気となった真田昌幸の集大成であり、最後の戦いであり、歴史に残る名合戦を意味不明にショボくしたせいで、昌幸の物語が消化不良で幸村の物語へ移っていきました。

今度の『おんな城主 直虎』では、小野家というのが宿敵なのですが、子供時代は直虎・許婚・小野の息子が3人幼馴染で仲がいいという設定にしてきました。
これはいいんじゃないですか。
韓流ドラマのようにドロドロしてきそうです。

次の大河ドラマは西郷隆盛(二度目)、その次はオリンピック(ふぁ?!)と、もうネタが尽きているようなので、前九州三国志を大河ドラマでやって欲しいと書いたのに続いて、大河ドラマにしてほしい人物の紹介です。

足利直冬

誰それ?って思うでしょうが、実父は初代足利幕府将軍足利尊氏、養父はその弟足利直義。
歴史に詳しい人はこれだけでドラマチックな人生が想像できますよね。

何しろ尊氏と直義は骨肉の争いをしていますから。

尊氏が遊びでやっちゃったどこの誰とも分からない女性が産んだのが直冬です。
尊氏に認知されず、お寺で育てられますが、尊氏が足利幕府(北朝)を打ち立てた頃、会いに上洛しますが、会ってすらもらえませんでした。
失望する直冬を救ったのが、直義です。
その才能を見抜いた直義は直冬を養子にします。

当時の勢力関係です
【北朝(幕府)】
光厳上皇
足利尊氏-足利義詮(二代将軍)-高師直(足利家執事)・師泰兄弟
足利直義-足利直冬-上杉重能-畠山直宗-細川顕氏
赤松円心・佐々木道誉ら有力豪族


VS

【南朝】
後村上天皇-懐良親王(征西将軍宮)
楠木正行-楠木正儀-北畠親房ら側近武将


そして紀伊で勢力を拡大する南朝征伐に直冬は出陣し、見事大きな武功を上げて、尊氏に褒めてもらおうと凱旋した直冬を、尊氏はまたしても冷たくあしらったのでした。
不穏な空気を感じた直義は直冬を中国地方を統べる長門探題に任命する事で都から遠ざけます。

そして起きるクーデター!観応の擾乱

足利直義 →殺そうとする→ 高師直
↓逆クーデター
高師直 →殺そうとする→ 足利直義
↓直義失脚→出家
足利直冬、養父直義を救うため幕府に反旗を翻し九州に敗走するも九州で地盤を固める
■九州戦線■
【南朝】懐良親王(征西将軍宮)
  協調
【反乱軍】足利直冬 + 少弐頼尚(大宰府)
  VS
【幕府軍】一色範氏(九州探題)

直義が京を脱出し大和で南朝と協調し挙兵

直義が南朝と手を結んだ事により、勢力図がこう変わります
【北朝(幕府)】
光厳上皇
足利尊氏-足利義詮(二代将軍)-高師直(足利家執事)・師泰兄弟


VS

【南朝】
後村上天皇-懐良親王(征西将軍宮)
足利直義-足利直冬


そしてなんと直義は京都を守っていた義詮を追い払い、京を占拠。
京奪還を目指す幕府軍(尊氏、義詮、師直)を撃退します。
事ここに至り、尊氏と直義が和議を結び、高師直・師泰兄弟は殺されます。

しかしここで終らないのが南北朝の不思議・・・なぜか尊氏が南朝と講和(正平一統)し、直義追討を開始したのです。
↓なぜこうなった?という勢力図

【北朝(幕府)】
光厳上皇
足利尊氏-足利義詮(二代将軍)

【南朝】
後村上天皇-懐良親王(征西将軍宮)

VS

足利直義-足利直冬

直義は鎌倉で降伏→謎の急死
直冬は九州で孤立

しかしこれで終らないのが直冬の凄さ
昔治めていた中国地方の岩見へ移り、南朝に接近、また有力豪族を味方にし、これらの軍勢を率いて恩人である養父直義の仇を討つため上洛開始!
↓この時の勢力図。てか南朝コロコロ変わり過ぎだろ
【北朝(幕府)】
足利尊氏-足利義詮(二代将軍)
赤松氏、京極氏


VS

【南朝】
後村上天皇-懐良親王(征西将軍宮)
足利直冬
斯波氏、桃井氏、山名氏、大内氏


そしてなんと、京都から北朝を追い出し、一時京を占拠
しかし、北朝の猛攻にあい撤退

尊氏亡きあとも直冬は抵抗を続けるも、南朝の衰退、有力豪族の離反により、直冬党は瓦解、行方不明となります。
足利幕府三代将軍義満の時代まで生きたそうで岩見で隠遁生活をしたとも言われています。

歴史の教科書では南北朝時代として北朝(足利幕府)VS南朝として描かれていますが、実態は尊氏VS直義・直冬の日本中を巻き込んだ壮大な兄弟喧嘩・親子喧嘩だったのです。

というか、南朝の自由っぷりが凄いですね。
懐良親王なんて勝手に日本国王を名乗って明と冊封しちゃいましたからね。
明の政治的立場では
懐良親王 > 後村上天皇 || 足利尊氏(幕府)←明からしたら子分懐良の敵なので、明の敵
で後に足利義満は明と国交を結ぶのに苦労しています。

ただ、南朝のこの手のひら返しの連続と、手段を選ばない所は投機家としては見習わなければいけませんね。
尚、義満の時代に南北朝は統一され南朝はなくなりましたが、南朝の子孫(を名乗る人物)は突然第二次世界大戦終戦直後のマッカーサーの元に現れ、自分こそが正当な日本の天皇であると主張して天皇になろうとしたそうです。

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