2017-07-15 09:06 | カテゴリ:勉強や投資情報


この本無茶苦茶面白いです。
何気ないエピソードやいきなり出て来る話がどこかで繋がっており、その繋がりが飛ぶので、なかなか難解な本となっていますが、投資家必読の本と思いました。

あらすじ的なまとめとなっています。
長すぎて3回ぐらいに分割しようかと思いましたが、面白い内容なので、ここは一気に公開としました。

主に以下の人々が登場します。

■万能の天才シャノン
情報理論の考案者であり、情報理論の父。今日のコンピュータ技術の基礎を作り上げ、コンピュータを計算機から情報端末に革新させた20世紀科学史における最も影響を与えた科学者と言われる・・・実は株でもバフェットより高いリターンを達成していた
■クオンツのゴットファーザー ソープ
ブラックジャック攻略法を考案しルールを変えさせ、シャノンとルーレット攻略法を研究し、投資の世界に飛び込んでからは、数学を投資に利用した初のヘッジファンドの創始者にしてクオンツのゴットファーザーと呼ばれる
■ケリーの公式考案者ケリー
破産せず尚且つ利益を最大化する賭け方であり、その後長く学会とギャンブラー達に論争される「ケリーの公式」を考案した
■ノーベル経済学賞を作らせたサミュエルソン
講話だった経済学を数学に昇華させ効率的市場仮説の基礎を研究し、彼に賞を与えるためにノーベル経済学賞が新設されたとすら言われ、ケリーの公式を否定する学者の筆頭
■サミュエルソンの愛弟子マートン
サミュエルソンの弟子でノーベル経済学賞を受賞したもののLTCMに参加し名声を汚した
■ワーナー社を築き上げたキンメル
裏社会でのし上がり、ソープに資金を提供しカジノのブラックジャックを攻略し、後のワーナー社の元を作った
■世界の市長ジュリアーニ
連邦検事時代に数々の事件を立件し、ソープのファンドが閉じる原因を作った、9.11時の元ニューヨーク市長

等など、登場人物多数で難しい本ですが、上記を覚えておいて軸に読めば、少しは簡単になります。

シャノンの発明が我々の生活に与えた影響は計り知れません。
アインシュタインの発明は我々の生活にほとんど影響を与えていないですが、シャノンの発明は我々の生活に影響を与えすぎているがために、当たり前となっている事にたいして「凄い」という発想が生まれないため、その天才ぶりは一般には知られていません。
アインシュタインとシャノンを比べる事はシャノンに対して失礼だという研究者もいます。
極端な話、コンピュータもインターネットも携帯電話もシャノンがいなかったらここまで発展するのにもっと莫大な時間が掛かったという事です。

シャノンを有名にしたのは、真(1)か偽(0)と、かつ(AND)、または(OR)、ない(NOT)、ならば(IF)を電気回路として符号化し、何でも計算出来る(表現出来る)事を証明した修士論文で、これは『史上最も重要な修士論文』と言われています。
今では当たり前となっているコンピュータのビットという単位を考案したのもシャノンです。
また効率よく情報を伝送するための符号化(シャノンの第一基本定理)と正確に情報を伝送するための誤り訂正符号(シャノンの第二基本定理)という通信技術の基礎理論を導入し、その後の情報革命と呼ばれる情報技術の急速な発展に寄与します。

一方ソープはMITの数学講師をしながらルーレットを数学・物理学で攻略する研究をしていました。
そして実際のルーレットを見るために妻とラスベガスへ旅行へ行く前にブラックジャックの最適戦略をコンピュータを使って求めた論文を読みます。
当時はコンピュータと言っても、今のような電子回路ではなく、真空管を使った巨大な機械装置でしたが、人間が計算するのは天文学的数字で不可能とされたブラックジャックの計算を3年を掛けてコツコツ計算し、最適解を導き出した論文でした。

それによるとカジノ側のエッジ(優位性)はわずか0.62%でした。
※カジノ側のエッジはルーレットで5.26%、スロットで10~20%
どうしてカジノのエッジが少ない(=儲からない)かと言うと、当時ブラックジャックは女性用のゲームとされ、夫のギャンブルに付き合わされている可哀想なご婦人の、暇つぶしのゲームだったからで、そんなご婦人からお金を巻き上げるような事は、さすがのカジノも考えていなかったからでした。

ソープは論文に基づいてブラックジャックをプレイし、論文の通り、ゆっくり負けていきました。
しかし同時にエッジを逆転出来る事に気づきます。
論文では常にトランプの総数1/54で計算していましたが、実際は山がなくなるまで、一度使用されたカードは捨てられて使用されないので、1/54で計算してはいけないのです。
つまり、使われたカードを数えて山に残っているカードから計算すればプレイヤー側に優位性を逆転出来る事に気づいたのです。
これがブラックジャック攻略法『カードカウンティング』に気づいた瞬間です。

大学に戻ったソープはMITの計算機を使い「5」が場に何枚出たか数えるだけで優位性が逆転出来る事を計算により突き止めます。
この論文を発表するのに相応しくて一番権威ある雑誌に投稿するためには、全米アカデミー会員である必要がありました。
そこでMITで会員権を持っている数学教授を探したら、それがあの有名なシャノンただ一人だったのです。

シャノンにアポを取った時に秘書から「シャノンは数分しか会えません」と言われました。
シャノンは天才にありがちな特異な性格をしており、自分の興味のない事には時間を割かなかったからです。
しかし秘書の予想に反してシャノンはソープの論文に食いつきます。
論文の過激な題名「ブラックジャックの必勝戦略」にだけ文句をいい、「21のための有利な戦略」と修正し論文をアカデミーに提出する事を約束し、ソープに尋ねました。
「君は他にもギャンブルの分野で何か研究しているのかい?」
ルーレットの研究をしているというソープの話にさらに興味津々で食いついたシャノンは数分どころか、数時間話し込み、その場で共同研究する事となります。
20世紀最高の頭脳と、経済力(少なくとも貧乏講師のソープよりは・・・シャノンはソープには高価で買えなかった本物のルーレットをあっさり購入した)を手に入れた事は、ソープに取ってはこの上ない幸運でしたが、シャノンの能力を1年以上もルーレット攻略に費やされるのは、人類の進歩に取って損失でした。

ルーレット攻略の研究にシャノンの自宅の研究部屋を提供すると言われ、シャノン宅に行ったソープは驚きます。
『おもちゃ部屋』(妻に取っては意味不明でくだらない研究に莫大な資金を投入するのを正当化するために子供のためにおもちゃを作っていると言い訳していたから)と呼ばれている研究部屋にはありとあらゆる発明品が並んでいました。
実はシャノンの遠い親戚にはエジソンがおり、この一族は発明家一族で、頭で考えるよりも手を動かして実用的な物を作るのが好きな一族だったのです。
シャノンお気に入りの発明品の一つに【硬貨をはじくというだけの金属製の腕】というのがありました。
ただし、この腕ではじかれたコインは裏表片方だけを出し続ける事が出来たのです。
『無作為の相対性』・・・コイントスのように50%ギャンブルと思われている事象も、誰もそれを予測しようとしないだけで、つきつめれば物理学的必然となるというテーマを証明する発明でした。
まさにソープのしようとしていたルーレット攻略がこのテーマに沿っており、尚且つ手を動かして装置を発明するという点がシャノンを食いつかせたのでした。

その頃、裏社会でのし上がった大富豪のキンメルはソープのブラックジャックの研究・論文の方に食いついていました。
カードカウンティングをすればブラックジャックで優位性を得られるという事に気づいている人は沢山いました。
キンメルもその一人で、何の数字をどのようにカウントすれば優位性を得られるのか、仲間と試行錯誤している最中だったのです。
そんな時にプロの数学者が確率論的に方法論を証明してくれたので、彼を利用しない手はないと、ソープに手紙を出しました。
いや、キンメルだけでなく、ソープの論文を読んだ何千という人がソープに手紙を書いて「資金を提供するからカジノで勝とう!」と呼びかけます。
ソープも理論だけでなく実践をしたいと考えていたので、数多くの手紙の中から、
・掛け金が0円になっても問題のない金持ち
という基準で適当に選んだのがキンメルでした。

キンメルは資金を提供する代わりに利益の90%を要求しましたが、金儲けよりも理論の証明が目的だったソープはをれを飲みます。
ただし、実際に検証するのに二つの懸念がありました。
・カジノがイカサマをする
・理論の十分な検証をする前に運悪く負けが込んで掛け金がなくなってしまう
前者は歴戦のギャンブラーであるキンメルが
「全てのイカサマを熟知しており、やられたら必ず気づく」
と保証してくれました。
後者の解決策はシャノンから提示された【ケリーの公式】でした。

ケリーはベル研究所でシャノンの次に頭がいいと言われた研究者でした。
彼自身はギャンブルには興味がなかったようですが、破産を防ぎつつ利益を最大化する掛け方の論文を書きます。
※この論文を審査したのがシャノンでした。
これがその論文で示されたケリーの公式です

Gmax = R

G:ギャンブラーの所持金の増加率
max:ありうるリターンの最大値
R:単位時間あたりのビット数で表される情報速度


・・・うん、意味が分かりません(`・ω・´)キリッ
ポイントは以下の感じ
■エッジに応じて元本に対して掛金にする割合を決める
※エッジ高い=掛金多い、エッジ低い=掛金少ない
※負けて元本が少なくなると掛金も少なくなる、勝って元本が大きくなると掛金も大きくなる
→これらにより、破産の可能性を排除しつつ最大のリターンが得られる
■ただし、1%でもエッジがなければ機能しない(=掛けをしてはいけない)

【例】
エッジが200%の掛け(あるはずないけどね)
掛金に対する払い戻しオッズは5:1
ケリー方式では掛金の割合は元本に対して200/5=40%
100ドルで掛けを始める場合、最初は40%の40ドル掛ける
→負けたら次は残り元本の60ドルの40%の24ドル掛ける→繰り返し
→勝ったら次は残り元本の300ドルの40%の120ドル掛ける→繰り返し
※この掛けを4回して運よく4連勝していたら100ドル→8100ドル、運悪く四連敗していたら100ドル→12.96ドル

昔から有名な必勝戦略と言われるマーチンゲール法と比較するのが分かりやすいです。
必勝戦略と言われるマーチンゲール法(勝つまで倍掛)は実は高い確率でいつか破産を招く必敗戦略(しかも全元本を失う)なのです。
ケリーの掛け方はこのマーチンゲール法の弱点を克服しています。
その代わり、1%でもエッジがなければ機能しないという実質的に不可能な制限があります。
手数料等も加味すれば1%を超えるエッジのあるギャンブル・相場は存在しえないからです。
しかし、ソープはカードカウンティングによってその不可能なエッジの逆転をブラックジャックで実現していました。
※ソープはある論文で「期待値の対数を最大にする」をケリー基準と呼んだ事があります。
※ケリー基準を日常生活に当てはめると車の運転が出来なくなります。交通事故で死ぬ可能性は0でない=車を運転する事は死んでいる事=運転してはいけない。これがエッジが1%を超えていないと掛けてはいけないという事です。

結果、ソープはカジノで勝つことにより自分の理論の正しさを証明します。
そしてキンメルと別れた後も、次のターゲットである株式市場で勝負するのに十分な資金をブラックジャックで稼ぎます。
しかしカジノも馬鹿ではありません。
ルール変更によりソープの必勝法は機能しなくなります。
また、ルーレット攻略も実際にシャノンとカジノで試し、改善点等に気づきましたが、そのまま研究は終了しました。
カジノで必然的に勝つという事は並みでない神経を使います。
カジノはたまたま大勝する客は客寄せパンダになるので歓迎しますが、少額でも必然的に勝ち続ける客を決して許しません。
ブラックジャックの山の残り枚数が少なくなると大金を掛ける客がいたら、カードカウンティングを疑いシャッフルしますし、そもそもカードカウンティングが機能しないようにルールを変更しますし、それならまだ行儀がいい方で、暴力で客を再起不能にします。
頭の中で完結する攻略法であるブラックジャックと違って装置を使うルーレット攻略法のリスクはリターンに見合うものではありませんでした。
事実ソープも有名になると、飲み物に毒を盛られました。
車にブレーキが利かないように細工され死にかけたこともありました。
しかしそれは、腕を折るや指を潰されるといった直接的な暴力でなかっただけましでした。
ソープはカジノから「出て行け」と言われたら逆らわずに出て行く方針にしていたため、直接的な暴力は避けられましたが、それはカジノの善意(一回はフェアな警告を行う)に頼った危険な事でした。

そしてソープはどれだけ必然的に勝っても殺される事も、暴力を振るわれる事もない証券市場に挑む事を決めます。
ソープはまず投資の勉強をし、普通に負けて
「報道されていることからエッジを得られる可能性は低い」
という事を学びました。
そして投資の専門家に出会い、納得いく株を買って、普通に負けて
「専門家もあてにならない」
という事を学びました。
さらに勉強をしていると、ワラント(新株予約権)が実際の価値よりも高値で売買されている事に気づきました。
ソープはランダムウォーク(株価は予測不能)を知っていましたが、同時にランダムウォークの確率分布を計算する正確な方法があることも知っていました。
その計算によるとワラントは夜店のゲームのようなもの(当たらないのに夢と期待で買われる=割高)と見抜き、空売りにエッジがある事をつきとめます。
しかし、空売りのリスクは無限大。
そこで利益は少なくなるものの、同時に現物株を買う事でリスクヘッジをします。
これだけだと、鞘取りと言われる、昔からある普通の投資法です。
ソープが他と違っていたのは、得意の数学により、空売りのリスクを相殺するのに必要な現物株数を正確に計算する事でした。
この技法は量の変化を表すギリシア文字Δから「デルタヘッジ」と呼ばれるようになります。

ただし、完全にリスクフリーではありませんでした。
デルタヘッジはわずかな価格変動のヘッジにはなるものの、需給の乱れによる大きな値上がり、ワラントの条件変更による急上昇等の大きな変動には対応出来ず、都度細かく、売り増しや買い増しの微調整が必要で、さらにワラント自体が数も少なく流動性もないので大量に売った場合に買い戻せない流動性リスクもありましたが、ケリーの公式等を活用し、着実に利益を積み重ねていきました。
計算上期待されるリターンは年33%でした。

カルフォルニア大学で教授の職を得たソープは(※勿論教授への推薦文はシャノンに頼んだ)、同時にデルタヘッジの結果を『相場に勝つ』という本にしました。
これがヘッジファンドを運営するために相棒を探していたリーガンの目に留まります。
リーガンは外交的で、ソープがやりたがらないヘッジファンド会社の商売部分の仕事(総務・会計・営業(出資者集め)などなど)を東海岸で行い、ソープは西海岸で大学教授をしながら会社の投資戦略の研究の仕事を行いました。
この役割分担はうまく機能しました。
また、その頃、ソープはヘッジファンドを畳んで会社経営をしようとしていたバフェットに会い、バフェットが非推移的サイコロという数学的な事にも知見があることに驚き、意気投合し「バフェットは将来アメリカ1の金持ちになると思う」と言いました。
バフェットのソープに対する評価も好意的でした。

ソープとリーガンは【コンヴァーティブル・ヘッジ・アソシエイツ】というヘッジファンドを設立しました。
当時ヘッジファンドの「ヘッジ」の部分(=売り買い両ポジションでリスク軽減する)の意味は薄れており、投資信託(成績開示義務があり中流階級が投資する)とヘッジファンド(成績開示義務がなく富裕層が自己責任で投資する)は法律的な違いがあるのみでしたが、コンヴァーティブル・ヘッジ・アソシエイツは文字通りヘッジを行いリスクを軽減していました。
またワラントに変わり主力としていたのは社名の「コンヴァーティブル」=転換社債でした。
転換社債はワラントよりも適正価格を求めるのが難しく、当時はまだ山感に頼る部分が大きかったのですが、今では【ブラック=ショールズの公式】と呼ばれている、オプションの価格を決めるための公式がありますが、ソープはそれと同じ事が出来る独自の公式を考案しており、コンピュータを使った複雑な計算で適正価格を導き出せたのです。
勿論当時はコンピュータに精通した人自体少なく、それだけで他の転換社債を扱う投資家よりもエッジがありました。
そして以下の利益を達成します。
1970年 年13%
1971年 年26%
※ヘッジによりリスクフリーでこの数字

今まで講話だった経済学に数学を取り入れ経済学の概念を変えたサミュエルソンはユダヤ人であるが故にハーバードで納得のいく地位を得られず、理系の大学であるが故に当時経済学では3流の大学でしたが、理系の大学であるが故に人種差別と無縁だったMITで教授となりました。
そしてそれはMITに取っては幸運でした。サミュエルソンはMITで研究を重ね、また指導者としても優秀だったため多くの優秀な学者を育て、経済学会でのMITの地位を空高く押し上げました。
そして忘れ去られていた過去(1900年)の天才バシュリエの説(ランダムウォーク仮説)を掘り起こし、効率的市場仮説の基礎を築きます。
効率的市場仮説とは相場では市場平均を上回るリターンは得られないという学説で、ユージン・ファマが確立し、テクニカルもファンダもインサイダーですら利益を出せないと否定しています。

ソープがファンドで活躍し始めた頃、経済学会もワラントやオプションや転換社債等、証券業界のはじっこでアウトサイダーがやっているような取引に関心を持ち始めていました。
サミュエルソンは教え子のマートンにオプションの適正価格を求める研究をするようにそくします。
師匠サミュエルソンの唱えた効率的市場仮説はオプションでも正しいのか・・・マートンは、オプションの適正価格を計算する有名な【ブラック=ショールズの公式】を作ったブラックとショールズに出会い、一緒に研究してオプションには安すぎる値段で売られている物もあると気づきます。
「相場に勝てるのだろうか?!」・・・しかし、そういうオプションを買おうと思うと、ディーラーは高い手数料を求めるので、結局利益は出せないという結論に達しました。

次に3人はワラントに目を付けました。
3人の計算により安すぎるワラントを見つけて「今度こそ相場に勝てる!」と貯金をつぎ込んで大量に買いましたが、最初はうまくいっていたものの、ワラントの条件が変更され、それはワラントの保有者に都合の悪いものだったため、3人は投資した全てを失いました。
ブラックは、インサイダー情報を得ていた人が早くからワラントを売った事により、適正価格より割安となっていたと考え、自分達の考えた公式が適正価格を計算出来ていた事は証明出来たと考えました。
こうして金融の世界を最も大きく変えたと言われる【ブラック=ショールズの公式】は発表されました。

発表されるやいなや、すぐにこの式をプログラミングされた電卓が発売され、今まで非効率的価格となっていたオプション、ワラント、転換社債の価格は効率的(適正価格)となりました。
それはソープのように独自に考案した公式とコンピュータを使い、他の誰も気づかない非効率的価格を見つけ、裁定取引でリスクフリーで利益を出していた先駆者のエッジを奪うものです。
しかし当時コンピュータで取引をするという事は、月に行くのと同等のSFの世界の話であり、それを知っても一般人は驚愕こそすれ、真似は出来ない時代であり、ソープのファンドは稼ぎ続けます。
1972年 年12%
1973年 年6.4%
1974年 年9%
※市場の動きと無関係に安定して勝ち続けている=効率的市場仮説の否定

そして当時最も攻撃的だったランダムウォーク・マフィアのシャープ(ノーベル経済学賞受賞)とソープは論争し、その過程でソープの必勝戦略が説明されています。
※ランダムウォーク・マフィアとは、効率的市場仮説(相場で市場平均より稼ぐ事は不可能)を信じる学者で、従って証券関係者=詐欺師と決めつけて攻撃している学者達で、証券業界で飯を食べている人に取ってはマフィアのようにやっかいな学者達という意味です。
シャープは投資運用者に会い、話を聞いて、納得できない人は、その足で検事の所へいって詐欺罪で逮捕するように説得していた程、攻撃的なランダムウォーク・マフィアでした。
■ソープのデルタヘッジの具体例■
AMCの転換社債
発行価格1000ドル→その時600ドル
これは転換ジャンク社債でAMC株100株に交換可能
当時のAMCの株価は1株6ドル
つまり、社債は転換した場合に得られる株とちょうど同額で売買されていた
↓ソープの考え
社債には5%の利子がつくが株には配当がなかった
社債を買い、ヘッジで株を空売り
・社債が下がっても株に転換すればいいし社債の利息で儲かる
・社債が上がったら値上がり+利息で、同時に株が上がるよりも儲かる
・株が下がったら、空売り益+社債を転換+社債の配当でぼろ儲け
・株が上がっても空売り分の損は社債を転換する事で相殺でき、社債の配当分は儲かる
・満期の1988年まで社債を持つ忍耐力があれば元金の1000ドルは保証されている
・万が一会社が倒産しても会社は整理され社債所有者には清算金が分配されるし、空売り分でぼろ儲け
→この取引は価値が0になる事がない=どうなっても勝てる=相当なエッジがある=ケリー公式に従ってもレバレッジが許容される
→従ってソープは借金をして大金を投入
※ソープは勝てる取引には借金をして大金を躊躇いもなく投入しており、AT&T社分割の時行ったデルタヘッジは当時のニューヨーク証券取引所で史上最大のものでした。

その後も新商品が生まれる度に無知な大衆が山カンで取引する中、ソープは数学と物理モデルに裏打ちされたデルタヘッジで稼ぎまくります。
1982年、S&P先物が始まった時、証券会社もアナリストを動員して適正価格を計算・予測し、助言していましたが、ソープはそれらに価値はないと考え、自分でS&P500指数のランダムウォークを表すモデルを作りS&P先物の適正価格を計算しました。
そしてS&P先物の価格は、他の新商品同様、期待と妄想により割高になっていると見抜きます。
しかし、S&P先物をショートするなら、ヘッジでS&P指数の現物株を買わないといけません。
500社全てを買うと手数料が莫大となります。
ソープはここでも計算により、いくつか選んで買えばヘッジとしては十分である事をつきとめます。
この取引は金額・回数共に膨大となり、1日に700もの取引に及び、ニューヨーク証券取引所の総取引量の1%以上になる日もありました。
このS&P先物バブルは4カ月続き、その期間ソープに利益をもたらし続け、5600万ドル荒稼ぎ、ようやく市場は教訓を得て他の取引参加者もコンピュータを使い、価格は効率化されました。

運用報酬控除後年リターン
1981年 22.6% ※AT&Tの取引の年
1982年 21.8% ※S&P先物の取引の年
13年連続して市場の平均リターンを超える結果を出し、これは会社を始めて13年で1ドルが6.61ドルになった計算になります。
しかもソープは大学教授という昼間の仕事をしながら科学者としての課題に取り組み、リーガンは広大な牧場で馬を育てながら。

このように、ソープは学会で効率的市場仮説が流行する中で、効率的市場仮説を否定するかのように稼ぎ続けます。
また、万能の天才シャノンの興味も昔から株に向けられていました。
勿論、『無作為の相対性』を信条とするシャノンは、効率的市場仮説のような事(株は何をいつ買っても売っても50%ギャンブル)を言われると、「そんな事はない」と数学や物理学を駆使して研究し、攻略したくなる性格だったため、効率的市場仮説を否定しています。
ルーレット攻略の共同研究をしていた頃、ソープがシャノン宅を訪れた際に黒板に「2の11乗=2048」と書かれていました。
シャノンが留守だったので妻にこの公式は何かと聞いた所、妻はためらいながら「新株でどれだけ儲けれるか計算したもの・・・」と答えました・・・なんと約1000倍のリターン。
新株(=IPO)・・・シャノンは自身が天才科学者であるが故に、天才科学者の友達が沢山おり、彼らが起業する時に株を買って出資するという手段で儲けていました。
時は戦後の経済成長真っ盛りで、尚且つ技術革新が次々起こっている時代です。
シャノンの出資した、天才科学者が起業した最新テクノロジー技術を持った企業はその多くが上場していきました。

しかし、そういう特別な人脈を持った人にしか出来ない方法ではなく、シャノンは誰にでも出来る数学的な投資法で効率的市場仮説を否定もしています。
MITで科学的投資という主題で集会を持ち、メンバーには効率的市場仮説を唱えたサミュエルソンさえいました。
この活動での講演は聴講希望者が多すぎて大きな会場に変更しなければいけない程でした。
そこで、効率的市場仮説を唱える学者が言っているように株価の騰落は予測不可能(=ランダムウォーク)であっても勝てる方式を披露しています。

株の保有比率を常に現金50%:株50%にする。
毎日株価は動くので、正午に現金50%:株50%になるように調整する。
※株価が下がっていたら、比率が50%になるように現金から株を買う(=ナンピン)
※株価が上がっていたら、比率が50%になるように株を売って現金にする(=利確)

毎日ランダムに上下する株価に対してこれを毎日繰り返せば、1年後、例え株価が上下の末、同じ株価で変わっていなかったとしても、利益は株の騰落よりも緩やかに、しかし確かに増え続けているのです。
ただし、聴衆から
「では先生はこの方法で投資をして儲けているのですか?」
と聞かれ
「いやいや、手数料でダメになるでしょう」
と答えています。
さらには実際にやると、税金も取られる事も考慮しないといけません。
また、値動きが激しくない株では利益の伸びが悪いです。
シャノンが証明したかったのは、現実的に株で利益を出せるという事ではなく、効率的市場仮説の否定でしたが、このシャノン方式は今では「定率再配分ポートフォリオ」と呼ばれて研究されています。
実はシャノンは別の方法でバフェットより高いリターンで稼いでいるのですが、それは最後に紹介します。

その後本著はケリー論争(ケリー基準 VS サミュエルソン)を詳細に紹介しています。
ケリーは早くに亡くなりましたが、彼の残したケリー基準は長く経済学者を巻き込んで論争となりました。
※私的な手紙でサミュエルソンはケリー基準を「まったくの詐欺」と言っています。
勿論、ケリー基準はギャンブルの掛け方なので、金儲けに関わる事は性に関わる事の次に多くの人々の関心を引くため、学者による論争とは別に、ギャンブラー達によって長い間その是非について論争されています。
ケリー基準を肯定するにせよ、ギャンブラー達はケリー基準による掛けは安定して右肩上がりの収益を保証はしてくれない現実と、そしてその高いボラから来る心理的圧迫と戦わなければいけません。
破産する(元金が0円以下になる)ことはないですし、掛けを繰り返せば長期的に見ると確かに利益を最大化してはくれますが、時間の多くを最大の利益を達成した時から比べたら減っている状態で過ごすことになります。
運が悪ければ、最大の利益から99%失う(元金を100万円から1億円に増やしたけど、負けが込んで100万まで元金が減る)ことだって可能性としてはあるという事です。
そのボラを緩和するためにケリーの公式によって求められる掛金の半額を掛ける「半分ケリー」という手法も流行っていますし、ソープも講演でケリー基準に従って投資をするにしても、掛金を少なめにした場合の良い効果について論じています。

そして時は流れ1987年10月・・・運命のブラックマンデーを迎えます。
ダウ・ジョーンズ株価指数が1日で23%暴落・・・しかしソープ率いるプリンストン=ニューポートの完璧にヘッジされた6億ドルのPFはわずか200万ドルの損失しか出しませんでした。
そればかりでなく、すぐさま、ソープのコンピュータは大混乱により非効率的株価となった市場にチャンスの山がある事を教え始めます。
急降下で買い手はおらず、売りが不可能な地獄絵図と化した市場でソープは当日と翌日に200万ドル稼ぎ、その月をとんとんで終え、その年のリターンは34%という驚異的な数字を達成します。
※投資信託の大半は20%以上のマイナスだったにも関わらず。

勿論、ブラックマンデーは効率的市場仮説を唱える学者達に取っても試練でした。
市場が1日に29%も暴落(S&P先物)する確率は計算上、1/10の160乗であり、それは宇宙の推定年齢の上限である200億年を200億回繰り返したとしても起こるはずがない確率だったからです。
これを不合理・非効率的と言わずして何というのか・・・これが起きた事自体が即、効率的市場仮説の否定を意味します・・・が・・・学者達は「合理性」「効率的」とはなんぞやという言葉遊びでお茶を濁してスルーしました。

そして本著はジュリアーニ(米同時多発テロ発生時のニューヨーク市長だったので覚えている人も多いはず)の検事時代の犯罪撲滅活動により、ソープのファンドも強制捜査を受け、ファンドを閉じるまでが描かれています。
ジュリアーニの父はならず者で犯罪も犯していましたが、息子をまっとう育てようと足を洗いました。
そのおかげでジュリアーニは勉学優秀でエリートとして育ち、法律に興味を持った事から、正義感に燃え、犯罪者を次々と検挙していく熱血検事となります。
ジュリアーニが捜査した事件には、かつてソープに資金を提供して一緒にカジノのブラックジャックを攻略したキンメルの一族の会社(元はギャングの違法ビジネスから始まり、駐車場で大成功し、映画で有名なあのワーナー社となっていた)もありました。
そしてジュリアーニの捜査はウォール街に向けられます。
巨大なインサイダー事件の捜査ではゴールドマンサックスの社員を逮捕し、例えホワイトカラーであっても自分の捜査から逃れる事は出来ないと見せつけます。
その彼の人脈を洗っていた所、彼の大学時代のルームメイトで親友にソープとプリンストン=ニューポートを共同運営するリーガンがいたのです。
そして捜査の過程でプリンストン=ニューポートの脱税行為に気づきます。

株の裁定取引をすると、長期損失を短期損失に変える事(一時運用)ができ、これが利益圧縮の節税となり、当時の法律上は違法行為でした。
しかし、普通に裁定取引を行っていれば発生する事もあるので、脱税をしているという意識が希薄になりがちで、またこのような些細な違法行為を調べる程、検察官も暇ではないと考え、ソープのファンドの担当者は頻繁にこれを行っていました。
※この違法行為をするのを断った事から解雇された元社員がジュリアーニに情報提供をした
なぜ普通は捜査されないこの脱税行為が追及されたのか・・・プリンストン=ニューポートがこの脱税をするために取引をしていた会社がジャンクボンドの帝王と呼ばれミルケン銀行を設立したウォール街の大物マイケル・ミルケンの会社だったからです。
ジュリアーニはマイケル・ミルケンを逮捕して大手柄を上げようと野心に燃えていたのです。

ミルケル逮捕に燃えるジュリアーニはミルケルの事件について政府側に有利な証言しなければプリンストン=ニューポートを起訴すると脅しました。
※勿論ジュリアーニはそんな事はしていないと否定していますが
こうしてプリンストン=ニューポートはRICO法(組織犯罪法)が適用された初めての証券会社となりました。
ジュリアーニにも捜査を急ぐ理由がありました。
アメリカ証券取引委員会(SEC)もインサイダー事件でミルケンの捜査に乗り出しており、このままではジュリアーニは手柄を独り占め出来なくなるのです。
それはニューヨーク市長になるために実績を作りたかったジュリアーニに取って不都合な事でした。

ソープは脱税に関与していなかったし、知らなかった(と主張した)事から捜査の手は免れていましたが、東海岸で繰り広げられている政治ショーの茶番劇にうんざりし、口を閉ざし、リーガンに疑いが晴れるまでファンド運営を自分に任せてくれないかと提案しますが、断られます。
リーガンが、ソープがファンドを支配しようとしていると疑ったからですが、勿論学者のソープにそんな事は出来ないし、するつもりもありませんでした。
ソープはファンドを閉じる決意をしました。
人間的な繋がりを構築していなかった事がプリンストン=ニューポートの終焉をもたらしました。

プリンストン=ニューポートは1969年~1988年の19年間で1ドル投資していたら14.74ドルになっていた成績を上げました。
その複利で計算したリターンは、手数料を引いた後でも15.1%になり、同じ時期のS&P500平均株価は、年あたりの平均リターンが8.8%であり、ソープは市場に約6%勝っていた事になります。
これだけの成績を上げたファンドは多くなく、その中には、わずかにこれを上回る成績を上げたジョージ・ソロスのファンド、平均すると25%のリターンを上げたウォーレン・バフェットのファンドがありました。
ただしそれら二つと比べてソープのファンドはリターンでは下回っていますが、変動が少なく、どんな市況でも安定して利益を出し続けていた事に特色があります。
それは、ソープの掛け方はケリー方式が元になっていましたが、ケリー方式で掛ける場合の変動の大きさというデメリットを克服していた事を示します。
そしてソープがファンドを畳んだ後、ヘッジファンドの世界では異変が起こり、運用額が50億ドル、100億ドルと爆発的に増えていきました。
ソープは自分のオフィスのダーツの的にジュリアーニの写真を付けて最後にこう言いました。
「リーガンが一旦降りてくれていたら、私たちは何十億ドルも稼いでいたでしょう」

次に本著はLTCMについて記載していきます。
LTCMの破たんはブラックマンデーと並び語り継がれる米国証券業界における大事件でした。
LTCMを起業したのはメリウェザーという債券の専門家でしたが、役員に迎えた人物が大物過ぎて一躍有名なファンドとなります。
前出の、サミュエルソンの弟子で、ショールズとブラックと共に研究をした、同じく前出のノーベル経済学賞受賞者のマートン。
そして、その研究によって、金融の世界を最も大きく変えたと言われる【ブラック=ショールズの公式】を発表し、同じくノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズその人。
この二人をファンドに引き入れた事はメリウェザーの最大の功績であり、「マイケル・ジョーダンとモハメド・アリを同じチーム入れたようなものだ」と言われました。
そして時はファンドの運用資金が爆発的に増えていた時代・・・ノーベル経済学者二人を要するLTCMに投資家は我さきに出資を希望し、アメリカのみならず、クェート年金、中国銀行、西側の投資銀行全部等々、世界中から史上最大の10億ドルを集めます。
LTCMはノーベル経済学者二人を要するため、勿論投資方法はソープが流行らせたクオンツ(科学とソフトウェア)であり、市場平均を上回るリターンを約束していました。

クオンツの先駆者であり、ゴットファーザーであったソープも出資を勧められましたが、断りました。
ソープはケリー方式を利用していましたが、このケリー方式を真っ向から否定している学者サミュエルソンの弟子がマートンであり、勿論マートンもケリー方式の有力な批判者だったからです。
また、メリウェザーがマーチンゲール法の信望者であると聞いていたため、ケリー方式を行っているソープからしたら、それは理解出来ない自殺行為でした。
同じくサミュエルソンも、弟子マートンがやっているLTCMに疑念を抱いていました。
共に効率的市場仮説を提唱して広めて来た師弟であるのに、弟子がそれを否定するかのようにファンド運営に関わっているのです・・・効率的市場仮説を肯定しているにも関わらず、市場に勝つ方法・・・LTCMが取った手法は莫大なレバレッジでした。
効率的市場仮説を信望している学者にとっても、市場に一瞬生まれるわずかな非効率的な価格が存在する事は事実としてあるので否定できません。
しかし、それを売買しても、手数料で儲かりません。
そこでLTCMが取ったのがそのわずかな非効率的価格を十分な利益に変えるために莫大なレバレッジを掛けること・・・30倍だったと言われています。

しかも驚くべき事に、マートンもショールズも盛んにLTCMの宣伝活動をして資金集めに協力していたにも関わらず、実際に運用を仕切っていたのは、メリウェザーだったのです・・・顧客は当然IQ170を超えるノーベル経済学者の二人が考えた凄いクオンツの手法を期待していたにも関わらず・・・
メリウェザーは期待で割高な新しい債券を空売りして、見向きもされなくなった割安な古い債券を買うという手法をしており、それは薄利となるため、十分な利益を産むためにLTCMで集めた莫大な資金を投入してレバレッジを利かせていました。

しかしながら、LTCMは運用開始当初は驚くほどの利益を上げます。
1995年 43%
1996年 41%
勿論これは、凄いクオンツの手法による結果ではなく、レバレッジによる結果でした。
そして運用しているのはマーチンゲール法の信望者メリウェザーです・・・マーチンゲール法とは負けたら、勝つまで倍掛け・・・負けが込むと資金がすぐ底をつくはずが、LTCMは史上最大の資金を集めたファンドで資金は豊富にありました・・・それだけに歯車が狂いだすととんでもない悲劇が起こる事は想像に難くないです。
ロシアの債務不履行により、ロシア債券を扱っていたLTCMは莫大な損失(資産の半分)を出しました。
リスクヘッジとして分散投資もしていましたが、それはロシアが債務不履行になると、全て損失を出す方に動く商品であったため、リスクヘッジとしての分散投信の意味がありませんでした。
LTCMはソロスやバフェットに助けを求めます。
バフェットは呆れて言いました。
「平均するとIQが170もあろうかという大の大人が10人も15人もいて、どうして自分を資金を全て失う可能性があるような立場に置いたりしたのだろう」

こうしてLTCMは破たんし、多くの投資家・法人に損失を出しつつも、世界大不況にならないように、支援を受けながら安全に解体されていきました。
勿論LTCMの破たんの原因はレバレッジだけではないです。
むしろ30倍という数字は当時の有名な投資銀行のレバレッジより低かったぐらいです。
その他よくいわれた原因はファットテール(例外的な値動き)が起きる可能性の見積もりが甘かった点とコンピュータで投資で勝てるという傲慢でした。
ソープは破たんの原因としてケリー方式を批判していたマートンやショールズの姿勢を上げました。
破産を避けるケリー方式で、エッジのある掛けをすれば、運悪く大きく資産がドローダウンする事はあっても、やり続ける事で最終的な勝利が約束されています。
※メリウェザーの投資法にエッジがあったのかは不明

そして本著は万能の天才シャノンの投資に回帰して終章を迎えます。
シャノンは投資について論文も成績も公表していませんが、彼に取材した人物によってその考え方・保有銘柄・リターン等が窺い知れます。
1986年、『バロンズ』誌は会社・個人合わせて77組のマネーマネジャーの運用成績に順位をつけて発表しました。
勿論シャノンの名前は上がっていませんが、シャノンを超える成績を出していたのは3人しかいませんでした。
彼らはほとんどが100人以上の従業員を抱える企業だったのに対して、シャノンは妻と二人で古いアップルⅡコンピュータしか使っていなかったにも関わらず。
同年、『バロンズ』誌は1026の投資信託会社について運用成績を報じ、シャノンを超える成績を出していたのは1社しかありませんでした。
バフェットがバークシャー・ハサウェイで30年間で年27%のリターンを達成していたのに対して、シャノンのリターンは28%で、実はバフェットのそれを上回っていたのです。

シャノンは天才物理学者であるため、ソープのような裁定取引でリスクフリーのクオンツ手法で稼いだのか・・・違います。
天才数学者でもあるので、確率論を駆使し、テクニカルで稼いだのか・・・違います。
むしろシャノンはテクニカル分析を「ノイズ」と否定しています。
シャノンは株価の動きを研究するのではなく、会社が出す将来の利益の伸びを需要から評価し、物理学的に研究する、まさにファンダメンタルズ分析により、買って保有するだけの長期投資で儲けていたのです。
※本書ではここでシャノンのPFが公開されています。尚一番リターンが大きいのはヒューレット=パッカード社で3500倍
シャノンは投資を始めた最初の何年かは勉強として相当の取引をしてわずかな利益だったようですが、長期保有に切り替えてからは全体として年28%を達成するようになりました。
昔、ソープがシャノン宅を訪れた際に黒板に書かれてあった【2の11乗=2048】という株でどれだけ儲けれるかというシャノンの予測計算は現実となっていたのです。

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結局、数学的な事について書いてありながら、ファンダの成長株の長期投資がいいって落ちなのかと思いきや、最後の最後で、1年の沈黙を破ってソープが市場に復活し、リッジライン・パートナーズを設立し、『統計学的裁定取引』という手法で1994年から2002年にかけての平均で、報酬控除後リターンが18%を達成した事が紹介されています。
※ロシア債務不履行の年は破たんするLTCMを後目に47%のリターンを達成

興味がある人は読んでみてはいかがでしょう。



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